(略)けれども、こんな日常倫理のうえの判り切った出鱈目を、知らぬ顔して踏襲して行くのが、また世の中のなつかしところ、血気にはやってばかな真似をするなよ、と同宿のサラリイマンが私をいさめた。いや、と私は気を取り直して心のなかで呟く。ぼくは新しい倫理を樹立するのだ。美と叡智とを規準にした新しい倫理を創るのだ。美しいもの、怜悧なるものは、すべて正しい。醜と愚鈍とは死刑である。そうして立ち上がったところで、さて、私には何が出来た。殺人、放火、強姦、身をふるわせてそれらへあこがれても、何ひとつできなかった。

立ち上がって、尻餅をついた。サラリイマンは、また現れて、諦念と怠惰のよさを説く。(略)そろそろと私の狂乱がはじまる。なんでもよい、人のやるなと言うことを計算なく行う。かりきり舞って舞い狂って、はては自殺と入院である。(略)


太宰治「敗北の歌」


「イジケタ、カッコつけ」と、坂口安吾が笑った太宰の文章に共感を覚えた僕もまた「イジケタ、カッコつけ」なんだろうか。